前号(2006年6月3日)で、ここ何年かテレビや新聞ではいやなニュースが目立つことを書きました。
ひどい事件もあり、世界一“おもいやり”のある国民だといわれてきた日本で起こっている出来事とは思えません。
“思いやれる人”や“よいことができる人”はやさしい人ですから、こういう人のいる社会なら今のように眉をしかめるような事件は起きないはずです。
悲しい事件が起きたとき、テレビのインタビューで「今の気持ちはどうですか」尋ねるところや事件のことを根掘り葉掘り語る場面も私はあまり好きではありません。
事件のことをどんなに詳しく知ったところでどうだというのでしょうか。にもかかわらず、テレビでは聞きたいとは思わないことまで報道をし続けています。
現在の日本はそんなことに時間を割くゆとりがあるのでしょうか。
国民年金のこと、若者のニートの問題、政治に対する無関心、歯止めのかからない少子化の問題、極めつけは民営化によって財政再建が出来、
国民が幸福になれるのかという問題などいくらでも時間をかけて報道してほしい番組はあるのではないでしょうか。
今の社会を私は“残念な社会”と思っています。十分価値があるのにやりくりや工夫が出来ないために使えずに捨ててしまっている社会です。
その一方で効率化や生産性を呪文のように唱えています。でもやっていることは知る必要もないようなことをテレビ各局がこぞってやっているのです。
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